――ここまでの3曲は全部明るくて、そういう曲を3つ続けてパート1という感じがします。次の「明け方」からちょっとムードが変わる。
カネコ そうですね。
――イントロのドラムが頭からズズタタ、ズズタタってテンポよく鳴ってて、さらに曲を転がすようなギターのリフが入ってくる。
カネコ うん。弾き語りにけっこう寄り添ってる感じのアレンジなのかな。そんなに派手にせず。
――「布と皮膚」で〈眠れない夜〉と言っていて、次の「明け方」は〈不安なまま朝を迎えてしまった〉という歌い出しで、ドラマが続いてる感じがします。
カネコ そうです(笑)。眠れない夜からの明け方ですね。
――〈だからギターを弾くしかないんだ〉と。
カネコ それしかないですからね。ははは。ね? 歌詞って難しい。
――前の取材でも言いましたが、「明け方」はカネコさんの作詞の技巧が冴え渡っていて、本当に見事だなと思います。
カネコ 嬉しい。〈すぐに怒る〉のトコ?
――そう。〈私は怒る すぐに 忘れちゃいけない〉と言った後に、1番では〈すぐに怒る 悲しいからこそ〉とその理由を示して、2番の最後で〈すぐに怒る 愛していたいと〉と核心に触れる。それは究極の理由であり、答えでもある。
カネコ そうですね。悲しくて怒るのも、好きで怒るのも、たぶん根本は同じような気がしますよね。言葉で悲しいって終わらせるより、愛していたいなぁって終わらせる方が、明るくていいような気がする。
――これは本当に傑作。これほど見事にバシッと着地を決められるソングライターは、めったにいないんじゃないかと。
カネコ マジっスか!?
――他にこういう歌はないぞって思う。そもそも「怒る」ってネガティヴな感情として捉えられるでしょう?
カネコ 負の感じがしますよね。怒られたら辛いしね、みんな。
――でも「怒るのはちゃんと理由があるんだよ、それはね」っていう。ネガティヴかと思いきや究極にポジティヴな理由だと最後に分かる。これは新しい発見というか、言葉にしないとなかなか気づかない本質をズバッと言い当てたすごい歌です。
カネコ なんかね、怒るのをやめるって、なんか諦めちゃうような気がして。
――たしかに。相手との関係を良くするのを諦めることと一緒かもしれない。
カネコ 「こういう人もいるよね」っていう考え方はもちろんあるけど、でも「こういう人もいるよね」で解決できるようになっちゃったら、それはそれで何かちょっと諦めのような気もするし。私は普段、めったに怒るわけではないですけど、誰かに対して怒るのは、やっぱりその人に対して愛があるからであって、それを私はちゃんと知っていたいな、とは思いますけどね。
――これも関係性の歌ですね。相手との関係を良くしたいという思いがひしひしと伝わってくる。
カネコ そうですね。関係は良い方がいいですからね。「明け方」は本当に気に入ってます。歌い方も何かスッと肩の力が抜けてる感じがするし。『祝祭』のときは、やっぱり全体的に「やったるぞ!」っていうパワーみたいなものがありすぎたから、そこから抜けた感じがすごくして、気に入ってますね。大事な曲だな、とは思ってる。
――前の取材で、「この曲ができたとき、これで次のアルバムが作れると思った」と言っていたのを覚えています。
カネコ うん。これができたとき、なんか開けた気がした。アルバムを録れるな、っていうのはありましたね。ていうか、「できないかも……」と思っても、結局やらなくちゃいけないから(笑)。でも、ちゃんとできてよかった。あんまり納得していないものが出るのは嫌ですしね。こういうジワーッとくる静かな曲ができたのも嬉しかったかもしれない。
――これもギターがいいんだよなぁ。
カネコ いいですよね。
――いちばん最後のヴァースで、最初に曲が始まるときに入るギターリフがもう一回来るのも素敵だな。
カネコ いいですよね、スッと戻ってくる。そこは気に入ってます。しかも1番は私のギターから始まって、最後は本村くんのベースだけが入ってて、ベースだけ入るところはカッコよくて気に入ってますね。構成がやっぱりシンプルですよね。
――〈顔を上げてくれよ 慣れてきた毎日も/必ずいつか終わるのさ〉というラインにもドキッとします。
カネコ ははは! 嬉しい。
――カネコさんの思想だよね、もはやこれは。
カネコ そうですね! 思想ですね。そういえば、すごい前に、自分の思想を持ってる人が私は好きだな、ってずっと思ってたときがあって。だから私もそういうことばっかやってるのかもしれないですね。そう……たしかに私の思想でしかないですね。
――1番の〈君の隠したい秘密をひとつ知るより/今より上手に笑えるようになりたいだけだ〉というラインも、ちょっとしたアフォリズム(箴言)というか、生きていく上での知恵ですよね。
カネコ そうですね。私は人前でゲラゲラ笑うのも本当はすごい苦手だし、少し前まで写真を撮られるのも苦手だったから。でも前の事務所を辞めたときに「自分でどうにかしなけりゃ、もうどうにもなんねーや」と思って、けっこう無理矢理笑えるようにした時期があったんですよね。そのことは忘れないようにしてるかも。
元の性格がすごい引っ込み思案だし、お母さんやお父さんとも離れられない、一人ではどこへもいけない、みたいなタイプだったんですよね。本当にありえないぐらい引っ込み思案だったから。学校の発表でも、もちろん泣いちゃうし、小学校の入学式で「席に着いてください」って言われても、私はできなくて、それだけで泣いちゃうし。そういう性格を無理矢理変えたときに、めちゃくちゃ(心が)開いたことを私は覚えてるから。私にできたぐらいだから、みんな絶対できるはずだと思うんですよね。写真撮影で笑えるようになったのも、すごい嬉しいことだったから。怒ったりするのも笑ったりすることと一緒で……でも反対に、全方位に笑ってるのもまたおかしな話じゃないですか。だから、全方位に愛想よく振舞う必要はないんですけど、好きな人の前でだけは笑えるようになれたらいいんじゃないかな、ってすごく思ってる。そういうことをずっと考えてますね。そういうのが私の思想であって、「なりたい自分」なのかな、ってめっちゃ考えてる。
――たとえば恋愛すると、相手のことを何でも知りたいと思うけど、「何か隠してない?」と思ったときに、追及しがちじゃないですか?
カネコ そうですよ。
――でも、それはやっぱり良い結果を招かない。
カネコ 分かります、分かります。私もほんとそうなんで(苦笑)。探っても、たぶん良いこと何もないですよね。信頼するしかない、っていうのが結論だと思ってて。
――それがないと壊れますよね、関係が。〈君の隠したい秘密をひとつ知るより/今より上手に笑えるようになりたいだけだ〉。この一行は愛を持続させるための秘訣だなと思う。
カネコ そうなんですよ。ポジティヴにいきたいっスね。自分が本気で怒ってることに対して、それをあんまり考え直してくれなかったり、自分の意見を言ってくれない人って、一緒にいる価値ないな、って私は思っちゃうから、そこで理解してもらえないって、悲しいですよね。怒ること、イコール、愛をぶつけてるわけだから。ワーって怒っちゃったり、泣いちゃったりすることもあるけど、そういうときはお互いに支え合うものでしょう、とは思う。
――逆に、ケンカさえできなくなったら、もう終わりでしょう。
カネコ ほんと、そうですよ。「間違えてるよ、君、それは今」って言える関係じゃないと、たぶん無理……。